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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)614号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一六〇〇万円及びこれに対する昭和五三年八月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和五〇年一二月二三日午後九時五五分ごろ、京都市右京区嵐山朝日町三一番地の交差点内において、出野数之助運転の普通乗用自動車(京五五あ七七三五号、以下「加害車(一)」という。)が客扱いのため停車したところ、これに追従中の三輪敦運転の普通乗用自動車(京五れ一七六七号。以下「加害車(二)」という。)が右車を追越するため対向車線に侵入し、おりから同車線内を進行してきた原告運転の原付自転車(以下、「被害車」という。)に衝突した。

2  被告の責任

(一) 被告は、阪急タクシー株式会社(以下、「訴外会社」という。)との間に、加害車(一)について、保険期間を昭和五〇年七月三一日から昭和五一年七月三一日までとする自動車損害賠償責任保険契約(保険証明書番号N三九二〇九三)を締結していた。

(二) 訴外会社は、加害車(一)を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に従い、後記原告の被つた損害を賠償する責任がある。

(三) したがつて、被告は、自賠法一六条一項により、原告に対し、保険金額の範囲内で、その損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 受傷、治療経過等

原告は、本件事故により、頸髄損傷等の重傷を負い、昭和五〇年一二月二三日から昭和五二年一二月二二日まで七三一日間シミズ外科病院に入院し、治療を受けたが、背髄性の上肢不全麻痺、膀胱直腸障害等の後遺症が残存したため、いわゆる寝たきりで、常時介護を要する状態にある(自賠責後遺障害等級一級に該当する。)。

なお、原告は右症状の固定した後も対症療法のため、引続き入院中である。

(二) 付添介護費 一八六三万六九〇〇円

原告は、その生涯にわたり、常時介護を要するところ、その費用は、少なくとも一日二〇〇〇円を下らないから、原告の余命を五三年として右費用を年別ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除してその現価を算定すると、次のとおりとなる。

算式 二〇〇〇×三六五×二五・五三=一八六三万六九〇〇円

(三) 逸失利益 三六六一万〇〇二九円

原告は事故当時二〇才で、左官として稼働し、控え目にみてもその年収額は昭和五〇年の賃金センサス男子二〇歳の平均年収一五三万六三〇〇円を下回ることはなかつたが、本件事故による傷害、後遺症により労働能力を一〇〇パーセント喪失した。

そして、原告の就労可能年数は六七歳まで四七年間と考えられるから、逸失利益総額を年別ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、次のとおりとなる。

算式 一五三万六三〇〇×二三・八三=三六六一万〇〇二九円

(四) 慰藉料 一二〇〇万円

4  損害のてん補 合計一九六九万四七四七円

原告は、自賠責保険金(加害者(二)の関係)一五〇〇万円、三輪敦から四六九万四七四七円の支払を受けた。

5  原告は被告に対し、昭和五三年八月一八日自賠法一六条に基づき、保険金の請求をなした。

6  よつて、原告は被告に対し、責任保険の保険金額(傷害につき、一〇〇万円、後遺障害一級につき、一五〇〇万円の合計一六〇〇万円)の限度において、一六〇〇万円及びこれに対する右請求日の翌日である昭和五三年八月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁並びに被告の主張

(答弁)

1 請求原因1は認める。

2 同2については、

(一)は認める。

(二)のうち、訴外会社が加害車(一)を所有し、自己のため運行の用に供していたことは認めるが、その余は争う。

(三)は争う。

3 同3、4は不知。

4 同5は認める。

(主張)

本件事故は、三輪が前方対向車線の安全を確認しないまま対向車線に入り、約一七・三五メートル手前になつてようやく被害車を発見したこと及び当時時速三五キロメートルで進行中で、停車中の加害車(一)と衝突地点まで約一〇メートルはあつたと思われるから、わずかに左へ転把すれば容易に衝突を回避し得えたのに、この措置をとらなかつたこと、さらに原告が加害車(一)の動静に注意し、左へ転把すれば事故を回避し得たのにこれを怠つたこと等の三輪及び原告の互いの過失によつて発生したもので、出野は、加害車(一)を交差点内に停車させたけれども、これと本件事故との間に相当因果関係がなく、他に訴外会社及び三輪に何ら過失がなかつた。かつ加害車(一)には構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたから、訴外会社は自賠法三条ただし書により原告に対する損害賠償責任はないことになり、したがつて、被告も原告に対し、自賠責保険金を支払う義務はない。

三  被告の主張に対する原告の反論

1  被告は本件事故について加害車(一)の違法停車と、事故との間には相当因果関係がない旨主張している。

一般に路上における自動車の駐、停車は、他車の交通の円滑を阻害し、道路上における危険を生じさせるおそれがあるので、運転者としては法令による規制の有無にかかわらず状況を正しく把握して危険が生じないようつとめなければならない。

ことに特定の車両が交通の流れに反して路上で、駐、停車することは相当な危険を発生させるのであるが、路上ことに車道上の駐停車を原則的に一切禁止したのでは、我国の道路状況の下では自動車の効用を大半否定する結果となつてしまうので、やむなく、特に、定型的に危険の高い場合にのみこれを禁止するという制度がとられている。

それが道交法四四条以下であるが、この四四条一、二号によれば、交差点内もしくはその側端から五メートル以内は駐停車禁止とされている。

この趣旨は、交差点附近においては、通行車両は、交差、右折、左折等複雑な動きをするに伴い、運転者としても多方面に注意を払わねばならないので、そんなところに駐停車する車両があつては車の流れを阻害すること甚しいし、それだけ危険も倍化するという配慮にもとづくものであることはいうまでもない。

これを本件についていうならば、加害車(一)が本件交差点内において停車したことによつて発生させた危険は、

(1) 後続車に追突させる危険

(2) 交差点における見通しを害して交差車両を衝突させる危険

(3) 車道幅員が狭いため、後続車に追越しのため対向車線に侵入させ、対向車との危険を増大させる危険

などが考えられ、本件事故は正にこの(3)のパターンであつた。

つまり、本件事故は、加害車(一)が停車することにより発生、増大させた危険がまずあつて、そこに三輪敦の過失が加わつてこの危険が実現し、発生したものであり、この関係は単なる条件関係にとどまらず相当因果関係のあること当然である。

法は、そのような危険を防止するためわざわざ禁止規定を設けているのであつて、これに違反し法の防ごうとした事故を発生させた場合に、これを相当因果関係がないというのは誤つている。

2  ところで、本件について検討しておかねばならないのは、停車禁止場所以外のところで本件の如き事故が発生した場合の考え方である。

その場合にはおそらく停車の具体的方法に無理な点がなければ責任は問えないであろう。

そのケースと、本件の場合の相違点としては次の二つが指摘されねばならない。

その一つは、停車行為により発生させた危険の程度が異るということである。交差点においては、各車両とも多方面に注意を払わねばならないので、特定の危険に対して払える注意内容はそれだけ稀薄になるのはやむを得ず、それだけ事故につながる危険が大なのである。

つまり、同じ停車行為でも、交差点内とそれ以外のところでは、単に法律上形式的に禁止があるかないかだけではなく実質的にも危険の程度に差があるのである。

第二は、法律上禁止とされていない場所で、無理のない停車行為はたとえそれを原因とした事故が発生したとしても、運転者にそもそも過失がないのである。因果関係だけの問題としてとらえるなら、それはやはり停車行為と事故発生の間には相当因果関係を認めても差支えない。しかし、本件の場合は法に達反する行為であり、過失は明白なのである。

3  類似の問題は、法禁止場所での駐車車両に対する追突事故の場合も発生する。実務上、そのような場合には、違法駐車車両が有責とされることの方が多いのであるにもかかわらず被告が本件について無責を主張するのはそのケースともバランスを失うといわねばならない。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1及び同2の(一)は、当事者間に争いがない。

二  同2の(二)のうち、訴外会社が加害車(一)を所有し、自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがないが、被告は訴外会社には自賠法三条ただし書の免責事由がある旨主張しているので、以下この点につき検討を加えることとする。

1  前記争いのない事実に、成立に争いのない甲第一号証、第六ないし九号証、証人三輪敦、同出野数之助の各証言並びに弁論の全趣旨を併わせると、次の事実を認めることができる(ただし、証人三輪、同出野の各証言のうち、後記信用しない部分を除く。)。

(一)  本件交差点は、南北に通じる府道字多野、嵐山、樫原線(以下「南北道路」という。)と、ほぼ西北西から東南東に通じる道路(以下、「東西道路」という。)とがやや斜めに交差する信号機の設置のない変形交差点である。南北道路は、後記路側帯を含め幅員約五・五メートルの、平担かつ直線の、見通し良好な(事故当時、夜間で天候は曇であつたが、街路照明等でやや明るく後記(三)の三輪が進路を変更した地点から前方約二〇〇メートルを見通せた。)アスフアルト舗装道路であつて、その東側端に幅員約〇・八メートルの路側帯が設けられ、交差点南側では、路側帯のさらに東側に幅員約一メートルの帯状の未舗装の空地の部分がある。東西道路は、その幅員は必ずしも定かでないが、自動車一台がかろうじて通れる程度の幅で、交差点西側は行き止まりになつている。なお、南北道路は、最高速度が時速四〇キロメートルに制限され、事故当時路面は乾燥していた。

(二)  出野は、加害車(一)(車体の幅は証拠上詳らかではないが、後記加害車(二)と同様タクシーであることからみて、それ程違うことはないと推認される。)に女性の乗客一名を乗せ、南北道路を北進して本件交差点に至り、同客の指示で、右交差点の北西角の同道路左側端に沿つて同車を北向に、車体後尾を一部交差点に出ばつたような状況で停車させ、右客から料金を徴収し終え客が降車した直後、自車右斜前方約一〇メートル足らずの道路上で、加害車(二)と被害車とが衝突する衝撃音を聞いた。なお、加害車(一)は、停車中前照燈を減光させブレーキランプを点燈させていた。

(三)  三輪は、加害車(二)(訴外近畿土地タクシー株式会社所有のタクシーで、車体の幅は一・五六メートルである。)を運転し、前照燈を下向きに時速約四〇キロメートルで、本件交差点を南から北へ直進しようとした際、交差点北西角に北向きに停車中の前記加害車(一)があつたので、その右側方を通過しようとしたが、加害車(一)が同業のタクシーであつたところから、「どこの会社のかな」などと思いつつ同車に注意を奪われたりして、進路前方の安全を全く確認することのないまま、同交差点手前(停車中の加害車(一)の後部左端から約八メートル南寄りの地点)から道路右寄りに進路を変更し、加害車(一)の右側方あたりを右車輪がほぼ路側帯標示に沿うように進行したところ、対向南進中の被害車を前方約一七・二メートルにはじめて発見し、急制動の措置をとつたが及ばず、加害車(二)の右前部を被害車前部に衝突させた。なお、加害車(二)の右車輪六メートル、左車輪六・一メートルのスリツプ痕二条が残存し、右車輪のそれは、ほぼ路側帯標示西端に沿い、右標示から最も離れたところで約二〇センチメートルしかない。

(四)  原告は、被害車を運転し、前照燈を点け時速は明瞭とはいいがたいが、加害車(二)をやや下回る程度で、南北道路の路側帯寄りを南進中、何ら回避措置をとることもなく、加害車(二)と衝突した。なお、原告は加害車(一)には気付いていなかつた。

以上の事実が認められ、右認定に反し、加害車(一)の停車位置が交差点側端より五ないし六メートル余り北側であつた旨述べる証人出野の証言並びに加害車(二)が道路右寄りに進路を変更しようとした際、加害車(一)の右側方を通過北進中の先行車二台があつたため、進路前方を見通せなかつた旨述べる証人三輪の証言が存するけれども、前者は、右出野自身、証言において、本件事故後警察官が到着し、状況説明をなすまでの間加害車(一)の停車位置を変えていないと述べ、右警察官によつて直後実施された実況見分の結果を記載した甲第八号証の図面によると、同車の停車位置が前認定に副つていること等に照らし、また後者も、証人三輪の、右先行車には全く触れず、かえつて前方の見通しは良好であつた旨述べる刑事事件の捜査段階における供述(甲第七号証、第九号証)のほか、前記各証拠、弁論の全趣旨に照らし、にわかに措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  前記1認定の事実関係のもとにおいては、本件事故は、三輪の、加害車(一)の右側を通過するに際し、進路前方の安全確認を怠つた重大な過失を主とし、これに原告の過失(前記のとおり、道路の見通しが良かつたのに、加害車(一)、(二)にも気付かず、同(二)が自車進路に進行してくることを全く予測し得ず、何らの回避措置をとりえないまま本件事故に至つたことからすると、前方に対する十分な注意を欠いていたものと推認せざるを得ない。)が重なつて、発生したものと認められる。

もつとも、原告は、出野には、交差点内停車の違法行為があつた旨指摘しているので、考えるに、前記のとおり、直進車双方の運転者が運転者として要求される最も基本的な注意義務さえ尽くしておれば、一般に本件事故のような結果を招来する余地が全くなかつたことにかんがみれば、加害車(一)の右側方を通過する直進車と対向直進車の運転者が、ともに前方の安全確認を怠つて、衝突事故を引き起こすというようなことは、加害車(一)を交差点内に停車させた出野といえども、通常予測し得ない出来事というべく、結局加害車(一)を交差点内に停車させた行為と本件事故発生との間には相当因果関係がないといわなければならない。そして、その他加害車(一)の停車方法につき、訴外会社や出野に何らかの過失があつたことをうかがわせる資料は存在しない。

また、証人出野数之助の証言並びに弁論の全趣旨によれば、本件事故当時、加害車(一)には構造上の欠陥も機能の障害もなかつたことが認められる。

3  してみると、本件事故との法律上の因果関係を否定し得ない、訴外会社や出野の自動車運行上の過失及び加害車の構造上の欠陥、機能の障害はなく、かえつて、本件事故は、三輪及び原告の過失によるものと認められるので、被告の訴外会社免責の主張は理由があることになり、原告の自賠責保険者である被告に対する自賠法一六条に基づく直接請求は、その前提を欠くものといわざるを得ない。

三  以上の次第で、原告の本訴請求は、その余の点に触れるまでもなく、失当として棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木茂美)

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